2022

11/5
感じたくないこともあるけれど、全てが、その瞬間にしかない感情だから受け入れる。
どんな感情も私で、そんな私を何よりも愛しているから、一つも置いていかずに私でいたいな。

10/22
風景や、人、心も、それらは記憶と化して私の中に残っていく。
記憶の輪郭は次第に曖昧となってゆく中、写真はそれを枠付けする行為に思う。

10/19
時間が過ぎてるというよりは、ぼく達が過ぎ去っている。
時間は場所のようなものとして、ずっとその場所に存在しているのだろう。

10/4
全てがわたしであり、ぼくである。その全てが、愛であることが自分である証明になるいつも一緒なのに、いつでも一緒にはいられないのかな。
少女は死なないし、夢は枯れない、言葉は途切れることなく、永遠を崇拝している。

9/30
例え深く言葉を交わさなくとも、写真の中で深く繋がることもあるし、写真に心が写ることもある。

8/21
言葉よりも、遥か遠く迄届くもの。

8/19
言葉は鳴き止み、静謐が広がった。
心は喧騒の中の感触だけを鮮明に記録するから、君が死んでも無くならない。
五月蝿い蝉の言葉が止んで、夏も亡くなって、それでも止まない心を信じている。

8/16
本当に大切なことは、ひけらかさず

8/4
夢が覚めると何故だか全て忘れてしまう、忘れっぽいぼくたち。
ぼくたちの愛に貼られた割引シール、ぼくたちの心に当てられた不合格通知書、脱ぎ去って。

7/29
長い葬列の先に写る空の色、春が散り、夏が溶けて、また一つと季節が朽ちてゆく中で、唱えられる終末論。きみの睫毛が落ちて、それだけがずっと続いていく。

6/27
昨日見た夢を思い出すことができないみたいに、日々は遠く薄れてゆく。

5/9
感情と記憶は光だ。生きてきた全てが、尊くかけがえのない財産。

5/8
失われた瞬間の数々は、記憶となり、ぼくの中を彷徨う。その遊泳は永遠ではない。
忘れてしまっても消えないということ。事実として、全ては存在しており、それはずっと、永遠に。けれども目には見えない。
そもそも。消えるということは一体なんだろうか。

4/22
とても久しぶりに熱を出した。
意識が朦朧とする中、色々な思考が巡り、浮かんでは消えて、しゃぼん玉のように繰り返される。凡ゆる終わりと向き合うのが怖くて、忘れるように忙しなく生活を営んでいたこと。

4/20
思いもよらない言葉を貰って、頭が追いつかなくなった。
ぼくの心や、身体を赦せたことは、かけがえのない光のように思えて、それを失ったみたい。
この先、一生光に照らされることがなかったらどうしよう。不安で溢れた心のままの夜。

4/17
ある人に何を撮っているのか聞かれた。
風景も、人も撮っているけれど、それは真実であって、事実ではない。
ぼくは、ただそこに在る感情を撮っているに過ぎないと思った。けれど、それを知っていてほしいのは大事な人や、ぼくの価値をわかってくれる人達。
それとぼく自身、それでいい。

4/11
吉祥寺の夜。映画を観た。
そこには心が通ずる光が在って、それは悲しみのように貫く光で、祈りのように優しい。
少女の神様の声が、心に触れてくれた。彼女はいつだってそうだ。
エンドロールに流した涙を、わたしは忘れてはいけない。
わたしの歌が、そうでなくなるギリギリ端っこの夜。

3/31
3月の終わり。春雨、曇天、桜。
心が亡くなる日に相応しい。お世辞にも良い日とは言えない、こんな日で本当によかった。
左様なら、わたし。夢から覚める、春のうたた寝。

3/28
まるで夢を見ていたかのように、淡い光と優しい季節。
それと対照に赤黒く咲いた花は、やがて身を焦がす。
花が散ってゆく。

3/24
心を、自分が否定しまってはいけない。
ぼくを否定していいのは、ぼく以外の誰かだけ。

3/8
今、ここに居ない人も確かに居て、それは物理的なものではないけれど、それよりもずっと近くに居る。
きっと、その人の心の欠片があちこちに残っていて、無意識にそれに触れてしまう。この感覚もその一つに過ぎない。
その欠片が落ちている場所や、音楽や、言葉や、そうやって全部回収して、わたしの中だけであってほしいと思う。写真を撮るってそういうことだ。

3/6
「Utero」という曲を教えてもらった。
3月、冬の肌寒さが残る中、優しく温かい光に照らされた。とても風が強い二日間を過ごした。帰りの新幹線、車窓から知らない街を眺めていた。

2/26
目紛しく情報が溢れる世界で、貴方と出会った。
朝はあっという間にやってきて、短い夢を見た。

2/25
愛だったはずの光が、エゴで執着で、まるで呪いのように思えた。わたしが、わたしを全うする為には、どうしたらいい。

2/20
君との世界は不安定で、わたしの全てを握られているようで怖い。絶望したくないから、いつだって一番の最悪を想像してみる。

2/4
大切なものが手の平から零れ落ちてしまうことが怖い。
写真を撮ることで、自身が所有できる感覚がある。
写真の中に居る対象物を所有したような感覚は錯覚で、実際は対象物に対しての感情を形として再度手にしているのだと思う。

写真を撮る行為は愛であると同時に、エゴでもあった。醜くて美しい、美しくて醜い。それは、綺麗な花をドライフラワーにすることや、可憐な蝶を標本にすることに似ている。

2/2
言葉を交わした夜。知らないことを知る恐怖よりも、知らないままの方がずっと怖いと思った。きっとなんでも赦せてしまう、わたし自身が一番怖い。

2/1
写真はわたしにとって形のないもへの愛で、その記録であり証明。美しい言葉が、心が、光が、ひとつ、またひとつと失われてゆく。
それはとても自然的なことで、写真を撮る行為は、その自然的な流れを破壊するようにも思う。

1/28
人も本当に居なくなってしまうのか。それでも日々が続いていき、昨日まで居た人が、もうどこにも居ないって、どういうことなのだろうか。まだ計り知ることができない。

1/26
残火。心に残った小さな灯火が揺れた。軽い火傷をした。

1/20
やっぱり心を知らない人って怖い。そんな人の垣間見える心はもっと怖い。それだけの日に、思いもよらず君に会えたことが嬉しかった。月が綺麗な夜だった。

1/4
小さな余白。それを埋められる、大丈夫な大人になりたいと思う。

2021

12/23
永遠は存在しないと頭では理解しつつも、受け入れ切れていなかった。やはり、形のあるものは永遠ではないけれど、事実は永遠だと、そう感じる。
記憶は薄れてしまったり、形あるものはやがて失われてしまうけれど、そこに在るという事実だけは変わりようがない。
歴史に残ることも、誰にも知られることもないけれど、確かに存在している。
わたしたちは今生きていて、昨日交わした言葉も、眺めた海も、流した涙も、全てをわたしたちも、街も、みんなが忘れてしまう。
けれど、確かに此処に在ったという事実だけは永遠だから。